夜若竜/少し未来な感じのパラレル


































月は高く静けさが辺りを包む、深夜。12時を少し過ぎ、日付が変わったばかりの時間。
既に聴き慣れた電子音が響いて、住人を呼び出す。大学生が住むには些か不似合な、セキュリティの行き届いた高級マンション。ここの11階に、竜二は住んでいる。花開院家は京だけでなく日本でも随一と言える陰陽師で、竜二はその本家で唯一残った男子だ。恐らくその辺りで優遇されているのだろうことは想像がつく。そう言ったところで、彼の実妹のゆらは跡取り候補であるにも関わらず、竜二のマンションとは程遠い寂れたアパートに住んでいる上に、日々の食にも困窮する生活を送っているのだが。竜二曰く、「ゆらは勝手に家を出たから援助を受けられなくても仕方がない」とのことだが、真相は知らない。

そう考えている間に、「はい」と応答があった。いつも通りの低く気だるげな声。エントランスの自動ドア前で、設置されているインターフォンのカメラに向かって手を振る。茶目っ気を出したつもりのリクオの挙動は、接続が切られるブツッと言う機械音で強制的に終了された。今日訪れることは時間も含めて事前に伝えてあるのだが、まさか機嫌が悪くて締め出されるのかと不安に思ってしまう(実際約束をしていたのに入れて貰えなかったこともあるので)。数秒して自動ドアが開いたので、静かに溜息を吐いた。長い銀髪と着物に羽織と言う総じて目立つ姿のリクオは、余り長い間佇んでいると色々な意味で危ない。勿論ぬらりひょんと言う妖怪の能力を使えばそう言った危険を回避することも出来るが、それは考えると相当情けないので、出来れば避けたいのが本音だ。エレベーターを呼び出している最中、開いたエレベーターの中、それぞれ誰も居なかったので、また密かに溜息を吐いた。
部屋の前に着いて、改めてインターフォンを鳴らす。エントランスで呼び出した時点で鍵を開けてくれていることもあるし、普段なら勝手に入るのだが、今日はきちんと招き入れて欲しい気持ちがあった。しばらく経っても、竜二は出て来ない。鍵は開いているのだから勝手に入って来いと言う沈黙を感じたが、もう一度電子音を部屋に響かせる。相手が相当苛立っているであろうことを感じたが、今日ばかりは許してくれ、と念じておく。やがて足音が近づいて来て、ドアが乱暴に開いた。怒られる前に、先手を取って口を開く。

「竜二」
「、……何だ、騒々しい」
「誕生日おめでとう、愛してるぜ」
「…は?」

一歩で部屋に入り、いつもの下駄を履いていないためかなり下にある竜二の顎を持ち上げて、音を立てて口付けた。背後でドアの閉まる音。目を合わせてから、今度は深く。
本日10月24日は、花開院竜二の誕生日だ。

最初に誕生日を聞いた時は驚いた。自分とほぼ1か月しか違わなかったからだ。正確に言えば、リクオの誕生月である9月は30日までしかないので、ちょうど1か月の違いだ。初めて聞いて、覚え易いなと言った時はまだこう言う関係になる前だったし、こうなるとも思って居なかったので、本当にただ、思っただけだった。竜二も「覚えてどうするんだ、祝ってでもくれるのか」と呆れたように呟いていたのを覚えている。こうして実際祝うのは、初めてだ。近くに来てくれたからこそ、こうして日付が変わってすぐ、祝うことが出来る。本当は12時丁度に祝いたかったのだが、家だの変化だの、様々な都合上仕方がない。

竜二は大して怒ることもなくリクオを部屋に上げた。珍しく驚いているのか、反応がいつになく鈍い。それに逆に驚いたリクオが尋ねると、予想外な答えが返って来て更に驚かされた。

「お前、何か反応おかしくねぇか。誕生日だぜ」
「…忘れていた」
「…何を?まさか誕生日をとか言わねぇよな」
「そのまさかだ」

話には聞いていたが、実際に自分の誕生日を忘れる人間が居るとは。呆気に取られていると、竜二が言い訳するように呟いた。

「こっちに出て来てからそんなもの意識することも無かったんだ。忘れるのも仕方がないだろう」
「…そうは言ってもよ…普通忘れるか?」
「俺が普通じゃないと散々言ったのはお前だろう」
「…そうだったな」

平然と言い張られて、同意する他ない。こう言う、細かなことに頓着しないところも、竜二の魅力なのだと考え直しておくことにする。自分の誕生日が細かなことかどうかはリクオの範疇ではないが、それでもいいか、と思える。一息吐いたところで、こちらに横顔を見せている竜二の後ろ髪を指で梳いた。頭を撫でたかったが、竜二の場合頭を撫でると高確率で不機嫌になるので止めておいた。その妥協案が功を奏したのか多少眉を顰めただけだったので、どうやら許容されたらしい、と密かに嘆息する。拒否されなかったことで、リクオは上機嫌に訊いた。

「何か欲しいもんあるか」
「別に」
「張り合いねぇなぁ」
「今のままで満足しているからな」

それは、と、少し期待を含めて言おうとしたところで、「欲しいものは自分で手に入れられるからな」と意地悪そうな顔が笑った。また手玉に取られた、と思う。リクオも年の割には落ち着いている方なのだが(妖怪の姿は特に)、竜二には敵わない、と何度思い知らされたことだろうか。その不満そうな顔を流し見て、竜二の笑みに変化が現れる。目を眇めた顔。割合長く付き合った中で初めて見た気がする。全体としては優しげな笑顔のはずなのに、眉間の皺はそのままなのが竜二らしい。

「俺は、お前のそう言う所は好きだぜ」
「…そう言うって、どう言う」
「さぁな。自分で考えろ」

初めて竜二の言葉で好きだと言われたのは嬉しいが、今の流れだと、どうもからかい易いから好きだと言われた気がしてならない。複雑に笑いながらも、それでもこうして傍に居られるのならいいか、と言う気にもなるのは惚れた弱みだろうか。竜二の表情は、既にいつも通りの無愛想なそれに戻っている。

「…オレも面倒な奴好きになったもんだぜ」
「俺からすればお前の方が余程面倒だがな」

お互い様って事か、と呟いて、持って来た酒を手酌で盃に注いだ。「来年は一緒に呑もうぜ」と声を掛けると「まだ一緒に居たらな」と素っ気ない一言が返って来る。

「少なくともオレはお前と居るつもりだけどな」
「それはどうでもいいが、お前、」
「良くねぇよ、ちゃんと考えろ」
「…お前がそうして居たいなら、好きにすれば良いだろう」

何か言い掛けていた竜二を、強めの口調で遮る。一瞬かち合った視線は、すぐ逸らされた。照れているのかも知れない。反対に、怒っている可能性もあるが。それでも、盃を置いて、竜二を抱き締める。何だ、と言われるが、可愛かったから、など言ったらきっと機嫌を損ねるだろう。だから、何となく、と言っておいた。そしてまた『何となく』、耳に唇を寄せて囁いた。

「誕生日おめでとう、竜二」
「…さっきも聞いたぞ」
「じゃあ、ありがとう、って言っとくか」
「何がだ」
「生まれて来てくれて、だよ」
「…阿呆」

今度こそ本当に照れたらしく、顔を背けられる。愛しさが込み上げて、頬に口付けた。欲しいものは自分で手に入れると豪語する竜二が、唯一自分だけでは手に入れる事が出来ないものを、たくさんの口付けに込めて。








竜二誕生日おめでとう!な夜若竜。
パラレルて…。とは自分でも思いましたが許して下さい。
若はナチュラルに「愛してる」とか言えそうですよね。

何はともあれ、竜二誕生日おめでとう!
そして久々本誌登場おめでとう!ありがとう!!

2011/10/24