Egoistic pose show
「エゴだな」 隣に居た人間が突然そんなことを言い出したので、リクオはつられてそちらを見た。 いつもの服装から重苦しいコートを差し引いた、つまりは着物だけの竜二は、目を伏せて愛用の竹筒を細い指で弄んでいる。これは竜二の癖だった。特に考えを深めているときが多いが、それ以外でも手持無沙汰になると、式神の入った竹筒を弄ぶ。実はその度に、竜二の気が突然変わって滅されるのではないかとリクオは肝を冷やしているのだが、本人にそう言ったことを気にする素振りは全く見られない。わざとしているのかも知れないし、本当に何気なくしているのかも知れない。 何れにしろ発された台詞が気になるものであったので、リクオは薄く笑って視線を向けた。 「オレがか?」 確かに、夜更けに突然現れて陰陽師と盃を交わそうとしたことを思い返してみると大層自分勝手だったと言えなくもないが(そして当然ながら盃は断られたのだが)、夜のリクオにとってそれくらいのことは当たり前だと言うことは竜二も知っている筈だし、今言うのは幾分時機を逃しているように思えた。今夜リクオが花開院本家に現れてから、既に1時間は経っている。そもそもそれも、もう何度も繰り返したことなのだから。 「お前の自分勝手な行動も大概エゴだが、似ているようで違う」 「…お前の言うことはよく分かんねぇな」 「分かって貰おうとして言っている訳じゃない。ただ自分の考えを昇華しているだけだ」 「ふぅん、じゃあ教えてくれよ、お前の考えってヤツを」 竹筒を弄ぶ竜二に対抗するように、愛用の赤い盃を傾けて酒を流し込みながら笑った。戯れに竜二にも差し出してみるが、眉を顰めただけで躱された。予想はしていたことなので特に落ち込んだりはしない。手酌しながら言葉の続きを待つ。 「こうしてお前が頻繁に俺の元に現れること、それと同時に俺がそれを受け入れていること」 「それがエゴなのか?」 「俺の考えではそうなる。どちらも利己的だ」 「オレはともかく、自分までそうなのか」 竜二の言い様に多少驚いていると、「おかしいか」と無感情な声が返る。あえて感情を排除した声だった。その意図は分からないが、残念ながら照れを隠した訳ではなさそうだった。 「それなら訊くが、お前がこうして頻繁に現れる理由はなんだ」 「お前を口説いてんだよ。何度も言っただろ」 「とまぁ訳の分からない理由だが」 「…おい、」 さらりと流され思わず口を挟むが、これも既に慣れたことなので気にはしない。暗に告白をされた竜二の方も、盃の時とは違い眉ひとつ動かさずに平然としている。リクオにとって先程竜二に告げた訪れる理由は最優先事項なのだが、彼にとっては瑣末な出来事らしい。幾分納得のいかないことではあったが、言葉を操るのを得意とする竜二に少々反論したところで、巧みに言い包められて終わりだ。今日も口説くのを諦め、大人しく聞くに徹することにする。何も企みの無い時の竜二の声は、落ち着いたいい声だ、と思う。妹であるゆらに対している時や妖怪を滅しようとする時はかなり攻撃的、或いは嗜虐的に聞こえるが、こうして聞くとその棘や刃のようなものは殆ど感じられない。言葉の調子でこれだけ印象が変わるものかと感慨すらも抱いたほどだ。まぁ、竜二が何も企んでいないと言うこと自体が滅多にあるものではないのだが。 「…ん?」 何かに気付いたような気がして、呟く。やはり眉ひとつ動かさない竜二は、器用に片目だけ開けてリクオを見ていた。その目に誘われるように盃を脇に置き、膝で一歩近づいた。 「竜二」 「何だ」 「お前は、オレが口説きに来ていることを知ってたよな」 「そう言っただろう」 「それを受け入れてるなら、オレに口説かれる覚悟が出来たと思っていいのかい」 それを聞いた竜二は、「だからエゴだと言っただろう」と唇だけで笑った。妙に蠱惑的なその笑みは、リクオを引き寄せるには十分だった。何が何だか分からないまま、竜二の小さな肩に手をやってそのまま押し倒す。長めの髪が畳に広がった様がいやらしく感じて、更にリクオを困惑させた。 「痛くするなよ」 「…無理言うな」 「そりゃそうか」 くつくつと愉しそうに笑われて、自分にない余裕を持った姿に憎らしさが湧き上がる。こう言った関係になるのはリクオも望んでいた事だが、実際そうなれるとは殆ど思っていなかったのだ。一年間絶食しろと言われたら半年で突然満漢全席が出て来たようなもんだ、と考えて、意外に余裕があるのかも知れないと思った。しかし心の準備が足りないのは確かだ。まさかこんなにも早く落ちるとは。相手が竜二であることを考えれば、この時点で落ちたと言えるのかどうかはまだ分からないのだが。 「…おい」 「何だ?怖気づいたか」 「いや、まぁそれもあるんだが…最初がメインっておかしいだろ」 「何を言ってる、俺を押し倒したのはお前だろう」 尤もなことを言いながらも、実に愉しそうに笑んでいる。最初から気になっていた、いやらしい眼を細めて。常に自信に溢れているリクオも流石に困惑しきって、竜二を押し倒した形のまま項垂れた。それを見て更に笑い出した竜二に、思わず「おい、こら」と声を掛けると、顔は笑んだまま声を出すことだけ止めた。視線が合った。 「どうした、しないのか」 「…お前何でそんなに余裕あるんだよ」 「俺は困っている奴を見るのが好きだからな、今のお前を見ていると楽しくて仕方がない」 「…お前は、本当に鬼畜だな…ゆらの言った通りだ」 ゆらが熱弁した竜二の極悪非道ぶりを思い出しながら嘆くように呟いた。それを聞いた竜二が更に笑う。その遠慮のない愉しそうな素振りにいい加減腹が立ち、黙らせる為に唇を塞いだ。そうして勢いでも付けなければ手が出せないまま悶々とした夜を過ごしそうだった。洩れた吐息がまた欲情を誘って戸惑った。唇を離した時唾液が二人を繋いでいたが、竜二が舌で舐め取ってそれを消した。 「…お前、エロい」 「押し倒していきなりキスして来た奴が何言ってやがる」 「お前ばっか愉しそうだからだよ、オレにも愉しませろ」 「それはお前次第だろう」 喉の奥で笑って頬に手を添えられる。そのてのひらの触れたやさしさに、意外な温かさに、ふと、心を溶かされた気がした。今度湧き上がるのは、愛しさ、ただそれだけ。押し倒したままで抱き締めて、名前を読んだ。 「、竜二、」 「何だ」 「竜二」 「…だから、何だと言っている」 「…好きだ、お前が。竜二、お前が好きだ」 「…言うのが遅いんだよ、ガキ」 竜二の指が、リクオの髪を梳いていく。そうだ、オレは。リクオは思い至った。お前が欲しいとは何度も言ったが、好きだとは一度も。待ち侘びたような声に、訳もなく涙が出そうになった。涙を流す代わりに、強く抱き締めた。そして何度も、告げた。竜二が、竜二自身のエゴで待っていたであろう言葉を。リクオが、リクオ自身のエゴで、あえて言葉にすることはないと思っていた二文字を、ありったけ、送った。 あぁ、オレは、確かに利己的だった。 二人ともエゴイストなのでお似合いです タイトルは凛として時雨のオマージュと言うかパクと言うか poseはどちらかと言えば「当惑させる」の意。 2011/10/31 |