遠夕




極道の若頭とか言う男が花開院を訪れた、その次の日の会合で同盟は結ばれた。既に彼らの力を借りて荒事も幾つか解決され、使い方を間違えなければ極道も有用だな、と竜二自身感じ始めていた。若頭、奴良リクオは、同盟を結んだ後もやたらと花開院を訪れる。何やら気に入られているらしい、と気付く。今日も竜二の部屋には、いつもの訪問者。

「…お前、」
「名前で呼んでくれよ、竜二」
「呼ばん。…お前、暇なのか。毎日毎日飽きもせず」
「一応やる事はやってるよ。その合間を見付けて此処に来てんだ」
「何をしに」
「ん?決まってるだろ、お前との交流に来てんだよ」

煙を吐きながら、自信ありげに笑う。これがこの男の性分なのだと、もう知ってはいるが。見る度に微かな苛立ちと眩しさが竜二を襲う。しかしそれこそが、リクオが好かれ尊敬を集める理由だ。部下とも何度か会っているが、会った全員が彼に心酔しているようで、竜二には珍しく羨望を覚えた。竜二も多くの人間を率いてはいるが、その殆どが恐怖で従っていると言っていい。竜二を尊敬している者も居ない訳ではないが、絶対数は少ない。そう言う竜二にとって、尊敬され心から従う部下ばかりを持つリクオは、ただ羨ましかった。リクオに会ってからは初めて覚える感情が多く、戸惑う。眩しさ、羨望、憧れ。今まで無縁だったそれらが、凍った心を鈍く焦がす。

「なぁ、竜二」
「何だ」
「今度飯でも行かねぇか」
「ついこの間行っただろうが」
「今度は二人でだよ」
「…何を考えている」

別に?と笑い、また煙を吐く。竜二も盆に置いていた煙管を手に取り、葉を詰めて火を入れる。一息吸って煙を立ち上らせた。部屋が忽ち煙に満ちる。竜二は自分から話し掛けることはしなかったが、話し掛けられれば律儀に返事をした。リクオに暇なのかと言った竜二本人が、日常は余りすることがなく暇なのだった。だからこそ、いい暇潰しになると言う思いで、時に日に2回程現れる闖入者を邪険に扱わないのだが。

「色っぽいな」
「何がだ」
「今のお前だよ」
「……」

吸い口を噛んだまま眉を顰める。まさか、と思う。自分から口にするには憚られた言葉を飲み込んだ。頭に浮かんだ答えは消えなかったが、リクオが煙管の吸い口を唇に当てたまま考え込むような顔をしているのをただ見守った。赤い瞳が伏せられ、唇が苦笑の形に歪む。

「気付かれた、みてえだな」
「…何がだ、はっきり言え」
「お前の事を好きになっちまった、って事を、だよ」

竜二は一口紫煙を吸い、溜息と共に吐き出した。予想が当たっていたことを知り、どうすればいいのかと考えを巡らせる。竜二は、今まで恋愛感情を持ったことがない。慕われたことはあるが、応えたことはない。面と向かって言われたことが余り無いからだ。周囲に伝えることで好意を匂わせる女は何人も居たが、自分から言おうとはしなかった。竜二にすれば相手に好意を持たせようとあざとく立ち回っているに過ぎないので、決して興味は持たなかった。しかし、こうも率直に言われては、答えを出さざるを得ない。竜二は珍しく正直に、自分の言葉を遣い気持ちを伝えた。リクオのことを眩しく思ってしまったからか、嘘で絡めようと言う気にはなれなかった。

「…俺は愛だの恋だの、そう言ったものに興味を持たず生きて来た」
「あぁ」
「お前のことは嫌いではないしそれなりの好意も持っているが、だからと言ってそれが恋愛に類するものかどうかは、自分でも分からん」
「…おう」
「…何だ、その顔は」
「いや…迷惑だっつって一蹴されると思ってたからな…ちゃんと考えてくれただけで嬉しいんだよ」

ありがとな、と言って、また眩しく、笑う。混じり気のない笑顔。やはり見慣れず、目を細めた。返答に口を開こうとしたところで、襖の外で小間使いが控えめに声を上げた。どうやらリクオの部下が迎えに来ているらしい。そう言えばこの後は会合だとか言っていたな、と思い出していると、リクオは羽織の音を響かせながら立ち上がった。

「いきなり変なこと言って、悪かったな。また来るよ」
「…ああ」
「あぁ、迷惑なら暫く来るのは止めるけど」
「…いや、」
「そうか、良かった。じゃあ、またな。長居してすまねぇな」

煙管を懐に仕舞った後、笑顔を残して踵を返すと、瞳を瞬く間に姿が消えた。
最初訪れた時から思っていたことだが、奴良リクオと言う男は、存在感はある癖にひとつひとつの動作に驚く程隙がない。恐らくは、隙を感じさせないように振る舞っているのだろう。それも極道の性か、はたまた彼本来のものなのか。まだ出会って数日の竜二の与り知るところではなかったのだが、ふと、まだ数日しか経っていないのか、と気付き愕然とした。会う頻度が高く会話の密度も高いものだから、もう何年もあの眩しさに振り回されているような気さえした。今日も、日が高い時刻に訪れた筈なのに、窓を見れば既に夕刻だ。空の色で、先程去ったばかりの赤い眼を思い出す。口にしようとして言えなかった言葉を思い返した。余り考えず、ただ自分の言葉に付け足すような気分でそれを言おうとしていたのだが、今になりよく咀嚼してみると、少なくとも、言わないことが正しかったと思えた。返答として答えていたら、自分も惑わされずに済んだかも知れない。しかし、一度深く考えてしまった竜二には、もうその言葉を、感情を、伝える勇気は無かった。

靄を断ち切りたいがため、文机に向かい回状を読もうとしたが、不意に決定的な言葉が脳裏に浮かんで思考がそれに侵された。面倒になって回状を畳に放り出し、頬杖をついて目を閉じる。自嘲する形に唇が歪んだ。

俺はお前に、憧れている。
お前が眩しくてたまらない。

窓から入る夕日の色に体を染めながら、あの混じり気のない笑みを思い出した。
どう足掻いても憧れと羨望がどろどろとした澱となり、決して好意とは呼べない、痛みだけが募るのを感じた。










( 他人に振り回されるのは、御免だ )










相変わらず口説きに掛かるのが早いうちのリクオ

2011/12/11