( お前をこの手で絞め殺したいと思ったことは一度や二度じゃない。 )




サナトリウム心中




痛みさえ伴う恋慕の果てに、辿り着いたのは殺意に近い独占欲。気まぐれで振り回されがちな所が理由かと言えば、それだけだとは言えない。好きだからこそ、他に取られたくはなくて、好きだからこそ残されたくない。自分の中にこんなにも凶悪な感情があるとは思ってもいなかった。今も、目の前の瞳に自分以外が映ることを考えるだけで嫉妬の炎に焼かれそうなほどだ。

「竜二」
「…何だ」
「お前のことが好きすぎて殺しちまいそうだよ」
「ふぅん」
「オレ、おかしいか」
「一般的に見ればおかしいんじゃないか」

竜二は押し倒された形のまま、覆い被さるリクオの後ろ髪に触れながら唇を歪めて笑った。たまに悪戯に強く引っ張られて声を上げるのを楽しそうに眺めながら、それでも問いには答えるので、強くは言えない。これが惚れた弱みって奴か、と苦笑を零す。

「俺には被虐性がないから、それを嬉しいとは思わんが」
「…まぁ、お前ならそうだろうな」
「お前は俺を殺したいのか?」
「いや…殺したい訳じゃねぇんだ。ただ、お前がオレから離れるくらいなら、とか思っちまうんだよ」
「光栄だな。そこまで俺のことが好きなのか」

とても光栄だと思っていなさそうに、口だけで笑う。好きだよ、お前が、滅されてもいいほど。言葉にはせずに、目だけで伝えた。言葉には出来ない。異常だと分かっているからだ。竜二はじっと、リクオの赤い目を見つめている。ふと頭頂部に痛みが走って竜二の、彼の中でそこだけ色素の薄い瞳が、急激に近付いた。息を吐く間もなく、唇が塞がれる感触だけを知った。髪を掴まれて無理矢理引き寄せられたらしい。舌を絡めて、只管に唾液を混ぜ合う。竜二とのキスは、濃厚な感情が行き交う特別なものだ、と思う。元々口数が少なく、口を開けば嘘ばかり吐く竜二の感情を知ることは容易ではない。しかし、唇と体を重ねている時だけは、心が通じている気がする。勿論、リクオからするとそんな『気がして』いるだけで、本当に通じ合って居るかどうかは分からない。それでも、言葉だけを重ねている時よりは余程、本心だと言う気がする。
竜二の熱とはいつも離れがたく、いつまでも舌を絡めていたい気になる。竜二も、いつもなら飽きるまで好きにさせているのだが、今日は違った。一度舌を引っ込めた瞬間、がり、と音が上がり、唇の右端が痛んだ。驚いて顔を離すと、竜二がいつになく唇を吊り上げて笑っていた。噛まれた所を舌先で探る。薄い血の味がした。

「…何すんだ、竜二」
「俺を殺しそうだと言っただろう?」
「言った、けど」
「俺に殺されてもいいと思ったんじゃないのか」

突拍子もなく図星を指され、反応が出来なかった。薄く笑う竜二は、上半身だけを起こしてリクオの唇を舐めた。唇と言うよりは、流れ出た血を。赤い舌先に、薄くなった血の色。くらくらするほど妖艶で、加虐的だった。

「…何で、」
「そう言う顔だった」

細い指が10本、生々しい感触を孕んで首に絡む。弱く力を込められ、喉笛が圧迫されて、二度、咳き込んだ。

「…竜二、」
「…冗談だよ」

ずるり。そんな音を立てそうな、竜二にしては珍しい無気力な動作で、指が離れた。重力に任せたらしく、肘が畳にぶつかる鈍い音がした。それに誘われるように、思わず「どれが冗談なんだ」と訊いていた。

「全部、だよ」
「…嘘吐けよ」
「そうだ。俺は、嘘吐きだ」
「知ってる」

首を垂れたまま、小さく呟いた。知っているなら言うな、とでも言われるかと思ったが、竜二は沈黙を保っている。いつの間にか加虐的な笑顔は消えて、いつもの、ごく見慣れた表情に戻っている。そのまま、リクオの呟きに答えるように静かに口を開いた。

「俺は嘘吐きだ」
「…知ってるよ」
「その上で言うが」
「何、だよ」
「お前が、嫌いだよ」

とてつもない愛の告白を受けた気がしたが、喜ぶことは出来なかった。こちらをじっと見て来る表情が、余りにも、悲痛な色を映していたので。眉間の皺がいつもより深く、無意味に謝りたくなった。謝る意味も分からないのに、無性に、悪いな、と思った。

「お前は、嘘を吐かないな」
「…あぁ」
「そこがお前の、唯一残酷な所だ」

眉を顰めたまま笑った竜二の手のひらに、頭を引き寄せられた。また、唇が重なる。塞がっていない傷より、塞がれた唇が痛んだ。流れ込んで来る感情で、噎せ返るほどに。









( 世界が優しすぎて、お前をこの手で殺せない )








誕生日の翌日に更新する話じゃない

2011/10/25