夜竜/妄想・捏造含む近未来パラレル














































世間の人々は夜に沈み、夢の中で泳ぐ時間。妖怪である夜のリクオにとっては闇こそが生きる時間と言っていい。今では自在に姿を変えることが出来るが、やはり昼より夜の方が落ち着く。遠く輝く繁華街の明かりを見下ろして、煙を吐く。自分の息が白い所為で、いつ煙を吐き終わったかが分からない。肌を刺す空気が、寒くはあるが心地がいい。何物にも代えがたい時間に浸っていると、後ろで戸が開く音がした。オイルライターの蓋を開ける鋭い音に続き、火が灯る気配。隣に並んだ竜二が、薄く開けた唇から一口目を吐き出す。竜二は、20歳の誕生日を少し過ぎた頃から煙草を吸うようになった。吸い始めてから暫くして、「少しお前を理解出来た気がする」と言われて嬉しかったことを思い出した。殆ど重ならないリクオと竜二の思考だが、煙を吸うと落ち着くと言う点では深く一致していた。

「お前は、ここが好きだな」
「あぁ。夜にここに居ると落ち着くんだよ」
「寒くないのか」

こちらを見た竜二は、自分こそ寒いのだろう、肘を抱いて身を縮めている。近付いて後ろから抱き締め、「こうすれば寒くねぇだろ」と言うと、「相変わらず気障な野郎だな」とつれない言葉を返された。
付き合い始めた頃は触れようとしただけで野良猫のように気を立てていたものだが、今となっては諦めたのか慣れたのか何もせずじっとしている。嫌になると逃げるのだが、その辺りも猫みてえだな、と思って微笑んだ。煙管を手摺に置き、細い腰に腕を回す。髪が跳ねる頭に顎を乗せた。この体勢は、リクオが一等気に入っている。軽く腕に収まる、体躯の小さな竜二。そのお蔭か、他の何をしている時よりも、自分のものになったような気がする。
やがて竜二が煙草を吸い終わり、「寒い」と言い始めたので部屋に戻ることにした。家主である竜二は別に室内での喫煙を禁止している訳ではない。灰を零すと怒られるが、リビングでも寝室でも煙草は吸える。それでも外に出たリクオを追って来た竜二のことを考えると、たまには寒くても良いな、と思える。
暖房の効いた室内は外気との差で手足が痺れるほど温かい。その痺れに誘われるように、先に部屋に入っていた竜二を、もう一度後ろから抱き締めた。首に手を這わせると、冷たいのかびくりと体を震わせた。そのまま上に這わせた手で、先程まで煙草を咥えていた唇に触れる。手よりは熱を持っているが、それでも温かな空気の中では冷たかった。隙間に無理に指を押し入れると、口内の熱で痺れが増した。舌が絡んだところは一時的に痺れが消え、離れるとまた何かに似た痛みが広がる。寒さと痺れで感覚の消えていた指は、唾液に塗れ吸われ甘噛みされ、今や違うもののように熱を持っていた。竜二の舌は、普段嘘を吐き出すことに使われている為か、器用に指を舐め上げる。こんな事は、少し前ならとてもではないが出来なかっただろう。最悪、噛み切られていてもおかしくはない。

「竜二、最近抵抗しなくなったな」
「…お前相手に抵抗しても無駄だと学んだんだよ。俺は、賢いからな」

一度唇を離した竜二は上半身だけで振り返って皮肉に笑う。挑発するような唇に、今度は指ではなく自分の唇で触れて、舌同士を絡めた。自分から体勢を変えた竜二と、正面から抱き締めあう形になる。主導権を握られないように、深く腰を抱いた。

竜二が、大学進学のため東京に出て来てから2年が経った。元々あった年の差に加え大学と言う経験、更には相手が成人になったことで、二人の差が広がった気がしていた。竜二は竜二のまま変わってはいないし、恋人らしい振る舞いもするのだが、子供扱いされることだけは許容出来なかった。そう言う辺りも子供である証拠なのかも知れない。リクオは昔から妖怪任侠の世界に身を置いているせいか同年代と比べれば大人びているし、妖怪になれば姿も大人に近いものに変わる。しかし、実年齢は十代の半ばを漸く過ぎたばかりで、二十歳を超えた竜二と比べると圧倒的に人間としての経験が足りない。その差は歯痒く、時に痛みさえも伴う。

煙草を吸うようになった。酒も呑める年になった。自分の知らない交友関係が増えた。彼らにだけ見せる、知らない表情も増えているのだろう。それを確認することも出来ない、もどかしさ。
それを裏切りだと感じるオレは子供なのか、と自嘲した笑いを浮かべた。

「また拗ねているのか」

ごく近くで目を合わせた竜二は、リクオの機微に素早く気付いて頬に手を添えた。後ろ髪を梳かれ、次いで首に口付けられる。からかわれているのか、慰められているのか。どちらにしろ、ひどく惨めな気分だ。腰を抱いていた手で、小さな頭を胸に押し付ける。

「…拗ねてねぇよ」
「そうか」

納得したような言葉とは裏腹に、籠った笑い声がして腕の中の頭が揺れた。分かっている癖にわざと突く竜二の性分が憎たらしい。

「男の嫉妬は見苦しいぞ」

本気で考えている風では無さそうだったが、今のリクオには耳の痛い話だ。そうだ、オレは嫉妬してんだよ、と心のなかでだけ、認める。見苦しいとまで言われながら嫉妬を認めるほどに割り切れてはいないし、嫉妬しない程大人にもなれない。ただ苦しかった。竜二は戯れにリクオの肌を甘噛みして、「いつまで突っ立っているつもりだ」と顔を上げる。普段は無愛想だが、彼なりに気を遣っているのかも知れない。よく見ると、余り見慣れない形に眉と唇が歪んでいた。
あぁ、と頷いて竜二の手を引く。暖房の効いた空気の中、未だ温め切られていない冷たい手を、それでも離れないように強く、握った。










( てのひらで死せる )









2011/12/30